『借りぐらしのアリエッティ』制作エピソード
スタジオジブリ制作秘話まとめ(2/8)
スタジオジブリプロデューサー鈴木敏夫のインタビューより
宮崎駿vs鈴木敏夫企画は宮崎駿の案。メアリー・ノートンの原作『床下の小人たち』
当初は鈴木の企画で別の作品が進んでいたが、他人の企画に乗りたがらない宮崎はある日突然それまでの企画を全部ひっくり返す。
高畑勲と宮崎駿の2人が40数年前に「これをやりたい!」と考えたのがアリエッティの企画。
企画をひっくり返された鈴木は面白くないが、32年も一緒にやっているのでマトモに喧嘩するのはつまらない。
「言い出しっぺなんだから、その責任も取れ」という形でやり返す。
監督を若手・米林宏昌に任せた理由
宮崎が立てた「ジブリの5年間の経営計画」により3年間で2本の映画を作ることにした。(いつも2年で1本)
その理由は
”世の中が激動していて、明日何が起こるか分からない。
そういう時には若い人で、勢いのある作品を2本連続で作るべきなんじゃないか、
そしてその後、超大作をやろうよ、なんてことを考えたんです。”
米林監督を選んだのは鈴木
若手に監督がいないということをお互い分かっているくせに宮崎が「鈴木さん、監督はどうするんですか」と僕を会社の責任者として扱う。
悔しいので宮崎駿にとってはとても大事なスタッフだった米林を選んだ。
「麻呂(米林のこと)の名前を出せば宮さんが困るだろう」と(笑)。
アニメーターとしての麻呂は宮さんのスタッフになるが、監督になるとその瞬間ライバルになる。